「そういえばさ、チカちゃんって、何の部活やってんの?」 何気ないその問いかけに、俺は後悔する羽目になることを、このときの俺はまだ知らなかった。 新学期も始まって2週間。二年目にもなる学生生活にはそこそこ慣れるのも早いわけで、新しい出会いや教室にも新鮮さは薄れ、授業がダルいだの、購買のパンがマズイだの、事務のお姉ちゃんが態度悪いだの、購買のパンが安いだの、あの子可愛いだの、あの先生ステキだの・・・学校への不満がたまりつつある時期である。後半不満じゃないな。なんだろうこれ。まあいいや。 そんなこんなで、クラスのみんなが新しい環境に慣れてきた。 もちろん俺も慣れてきた。 たとえ、いつにない状況でも。 万年修羅場な状況でも。 ・・・クラスメート二人から同時に、熱烈アタックされるという、ハタから見れば嬉しい状況にも。 そしてその二人のうち、一人が超絶美少女で、もう一人が、俺の性別と同じ、オトコという状況にも・・・。 春の日。そとは穏やかな雨だった。寒い冬が開け、ほのぬくい春の空気を冷やすようにシトシトとふる。太陽の光が薄い雲に包まれて、優しい光で教室を照らす。 今日も一日睡眠時間・・・もとい、授業を終え、帰り支度を整えているところだった。 「す〜がたっ」 晴れやかな表情のクラスメートが実に晴天! という声をあげながら俺に近づく。ああ、雲間から光が。神々しい。俺は、なるべく外を見ようと努めたのだ。 この男は、須方純也。なんともクールな目つきに、長身、彫りの深さ、笑顔、物腰、声、鎖骨、その他もろもろで女性陣を虜にしていく系、かといってクラスでは目立たず、後ろのほうでニコニコ微笑んでいるだけという、なんとも控えめな態度を普段は取る男だ。 そんなこの男は俺の一年ちょっとの付き合いで、学校の中では親友というポジションにあたる。 高校始まってすぐに意気投合して以来、昼飯を一緒に食べたり、ゲーセンに行ったり、モンハンの対戦をしたり、ジャンプとサンデーをお互い買いあって、読み終わったら交換して経費を浮かせたり(ちなみに俺がサンデーで、ジュンがジャンプだ)、恋愛話をしてみたり、ハンバーガーショップに行ってみたり・・・そんな付き合いをしていた。 もう一度言う。 ジュンは、俺の、親友というポジションにあたる。 ・・・ハズだった。 二週間前までは。 「す〜がたっ」 俺の返事がなかったせいか、ジュンはもう一度青空の見える笑顔で言う。ハハハ、ホントに外晴れてきてるマジで? そして、頑なに窓から視線を外さない俺にじれたのか、俺の肩をぐいと引っ張って、ジュンは俺の顔を自分に向けさせた。 どぎまぎと俺は返事をする。 「なんだよ・・・」 「姿、キミはなんてキレイなんだ」 「ハァ!!??」 「お前のそのツヤツヤの黒髪、制服によく映えてるよ」 「・・・やめてくれ。俺にそう言う言葉を吐かないでくれ」 「そういうツレないところがそそるんだよな。上目遣いでそんなこと言っても、効果ないんだよ姿」 「うえ〜・・・」 俺は心底ゲンナリした。 そうなのだ。 この男子こそ、俺の親友にして、クラスメートにして、俺のことを想ってくれている女の子の、ライバル・・・つまりは、俺のことが好きな男なのである。 シュンは別に、男が好きなわけではない。 もちろん、女の子が嫌いなわけでもない。 俺につきまとう理由は、大層単純にして、くだらないものだ。 曰く、俺の名前は姿、ジュンの苗字が須方。 二人が、あるわけないが、あるわけないが、・・・あるわけないハズなのだが、二人が結ばれたとして、そのとき、俺の名前は、スガタスガタになる。 ジュンは、そういう名前を作り出したい。 そんなことで、二週間前の事件以来、俺につきまとうようになっているのだ。まあ、もう慣れたがな。 「で。なんか用か、ジュン」 だから、こんなふうに、何も無かったようにジュンに話を振ることもできるのだ。もう慣れたから。 「いや、一緒に帰ろうかと思ってな」 「・・・・・・」 二週間前までは意識もしなかった誘いである。が、今ではついついつい警戒心を出してしまう。イカンイカン、俺はもう慣れたハズなのだ。 「おう、帰るか。お前、今日は部活は・・・そうか、雨だもんな」 「そうだ。なんか晴れそうだから、早めに退散して休んでしまおうという魂胆で」 「なるほど」 ジュンは、サッカー部である。なかなか実力もあるので、先生や部のメンバーからの期待も厚く、簡単に休めないのである。が、バリバリの運動場スポーツであるので、雨の日はバンザイのジュンなのだった。 ・・・なんか俺、説明くさいな、今日。 もとい。 「そうだな、じゃあ、俺も準備終わったらすぐに帰るから・・・」 「姿クン!」 涼やかだが、意志の強そうな声が割り込んできた。 声の主は、近藤チカさん、16歳。カップはE。ふわふわふわふわした見た目の美少女だが、瞳はいつも強気に輝く。ツヤツヤの小さい唇は不敵な微笑みをたたえ、平均以下の身長の俺を見上げるように見つめてくるこの背徳感、エクスタシー。 彼女は俺の夢を叶えてくれた存在で、俺の理想のパートナー足り得る資質を十分に備えた女性である。 ただ一つ。 変わった行動を除いて。 「姿クン」 彼女は俺に近づいて俺の名を呼んだ。彼女の発する言葉は、俺との距離が縮まるにつれて、凛としたものから次第に甘ったるいモノへと変わるのは、いつものことだ。 そして。 「ああ、姿クンだわ・・・」 隣に並んで、俺の肩に頭をのせるように近づいて。 そして。 鼻を使うのだ。 「も、ちょっ、クンクンやめて。ねぇチカちゃん、クンクンやめっ、恥ずか、しいから、ね」 俺の全身は鳥肌が立たんばかりにゾワゾワという感覚が這い上がる。 そうなのだ。 彼女が、俺の彼女足りえない、ただひとつの性質。というか性癖。 彼女は、匂いフェチなのだ。 二週間前、俺は彼女に、「付き合って」と実にストレートに告白された。 そして、その時、俺の出した結論は先延ばし。 匂いが好きなだけで俺への愛がないカップルは嫌だを見栄をはり、かといって拒絶もできない俺の弱さがしたことだ。・・・という自覚はあるから、俺はそこまで格好悪くない。うん、まあ、ヨシとしよう。 そんなわけで、今のように、二人同時から愛を受け、どちらも無下にできずかと言って受け入れられず・・・という、なかなかシュラバな毎日を送っているというわけなのだが。 ハハハ、もちろん、もう慣れたさ。 こんな風になると、次は決まって二人の甘い甘い言い争いになることも、慣れてしまうと予測もつくというものだ。 「おい、チカ、俺が姿と話してるとこだ。邪魔するな」 このジュンという男、外面はなかなか良い評判を受けているのに、チカちゃんに対しては、元カレということもあってか、いとこ同士ということもあってか、ズケズケとものを言う。 「あら、私は姿クンが好きなの。私は姿クンとお話したいだけ。別にあなたの邪魔がしたいわけじゃないのよ。勝手にあなたしゃべり続けていてくれて構わないわ」 対するチカちゃんも、負けず嫌いな性格からか、勝負は真っ向から受ける。 「お前が喋りたいのは勝手だが、姿はもうすぐ帰るところなんだ。お前は姿の邪魔になる」 「それを決めるのは姿クンよ、唐変木」 「それ身長だけのことだろう」 「中身を言っているのよ」 「お前こそ中身は性悪だ」 「構わないわ、姿クンさえ嫌いにならなければ」 「姿に迷惑だ」 「あなたこそ、男の癖に姿クンが好きなんて・・・姿クンの迷惑考えなさい」 「それこそ、姿さえ受け入れてくれたら問題ない」 「もういいわ、あなたと話している場合ではないのよ」 チカちゃんは、釣り上げられた眉を下げて、俺の方を向いて実に自然な笑顔をつくる。これが美しいんだなあ。 「私は時間がないの、少しでも姿クンの姿が見たい、声が聞きたい、匂いを嗅ぎたい」 ・・・最後の言葉は、外耳の耳垢に引っかかって鼓膜まで届かなかったことにしよう。 それにしてもだ 「時間がないの、チカちゃん」 「そうなの。4時半にはもう行かなきゃ」 授業が終わるのが4時10分。今の時間を見ると、4時20分はすぎていた。 「どこに?」 俺が訊いた。 「部活よ」 俺は、興味を持った。 持ってしまった。 そして、問いかけるのである。 「そういえばさ、チカちゃんって、何の部活やってんの?」 「オーケストラ部」 「へぇ・・・」 チカちゃんは、ふいに目をらんらんと輝かせた。 「ね、姿クンは?」 そして、こういう流れになってしまうのだ。 「え?」 「姿クンは、部活、何やっているの?」 「あー、俺は」 テヘっと笑って答える。 「帰宅部」 そうして、チカちゃんとジュンのバトルが、勃発するのである。 「姿クン、オーケストラ部に入らない?」 「えっ」 相変わらず、ぐいぐいくるチカちゃんの押しには弱い。 「部活、やっていないのでしょう。ウチの部なら、人数足りていないから、初心者でも大歓迎だし、楽器も学校のものが余っているから買わなくてもいいし、仲間もいっぱいできるし、いい先輩もカワイイ後輩もいるし・・・」 「あわわ、ちょっと待って」 そんな急に言われてもというやつだ。 「オレ、楽器とかやったことないし、手先とかそんな器用じゃないから細かい動きとかできないし・・・」 「大丈夫よ、部員が丁寧に教えてくれるし、っていうか、私が手とり足とり匂い嗅ぎ教えるし!」 もう突っ込まない。 「いや〜、だいたい、部活とか・・・できるかなぁ・・・」 「何か、早く帰りたいワケでもある?」 「そういうわけじゃ」 「なら、いいじゃない、是非、我がオーケストラ部へ!!」 「いや、う〜ん、そうだなぁ・・・」 「待てよチカ」 そこへようやく、俺の助け舟らしきものがジュンより出されたのである。 「姿、迷惑だってんだろ」 「邪魔しないで、ジュン。私は姿クンの学生生活を充実させようと努力しているところなの」 「どう見たって興味無さそうだろうが、姿が放課後どう過ごそうが、お前の口出すことじゃないだろう」 「そうだけれど、誘うくらい自由でしょう。私が私の放課後をどう使うかも私の自由よ」 「姿を巻き込むなと言っているんだ。それよりお前、部活はどうしたんだ、もう4時半とっくに過ぎてるぞ」 「いいのよ、部員勧誘だって言えば、むしろ喜んでくれるわ。ねぇ、姿くん、見学だけでもどうかしら。丁度今日はこれから部活あるし、部員も集まっているからいろいろ紹介もできるわ。どう?」 「え〜っと」 「お前は強引すぎる。姿は気が向かないと言っている」 「いや、ジュン、俺も興味無くはないんだよ」 「何ッッ!!??」 ジュンは、獲物を見る目で俺を振り返る。少々、度肝を抜かれた。 「俺も、なんかやったらモテるかな〜って思って、一年のころは部活紹介とか回ってみたりしたんだけど、どれもピンとこなくてさ。俺、恋でもなんでも一目惚れが専門みたいなヤツだから、イマイチ、ピンとこないとなると、逆にずるずる決めそこなっちゃうんだよな。で、考えているうちに俺は恋愛に忙しい充実した男になって、部活とか、考えてる暇なくなっちゃってさ、それで帰宅部なんだ。だから、部活自体に興味はある」 「そうか・・・」 「だから、これを機会に、チカちゃんとこ見てみてもいいかな。楽器って、モテる代表だし」 「モチロン! 魅力的な姿クンがさらに輝くわよ」 「じゃあとりあえずオケ部に・・・」 「・・・待て」 ジュンの、低い声が聞こえた。 「待て姿」 もう一度。俺とチカちゃんの、注目が集まる。そして。 「サッカー部に興味ないか」 こうして、実に数日に渡るバトルの、ゴングが鳴ったのであった。 すんません、続きます・・・ -2012 03 24 アザナ- |