バタバタバタ・・・
厚手の布のはためく音が聞こえるほど、風の強い校舎の屋上。
随分暖まってきた四月の空気が、冷たい風の流れに押し流される。
並んだ顔は、ジュン、俺、そして、愛しの愛しのチカちゃん。
漫画の決闘シーンのような緊迫感。険しい視線をかち合わせる、ジュンとチカちゃんの二人。今ならこの目ヂカラだけで、リンゴぐらいは切れそうだった。
「もう一度言ってもらいたいわね」
いつも思う。凛とした、硬質で、でもどこか甘い、チカちゃんの声。例えるならばフローズンのフルーツ。ああ。俺の脳内で、凍った果物にかぶりつく自分が再生された。た、・・・チカちゃんを、食べてしまいたい。
もとい。
チカちゃんは小さくて柔らかそうなかわいらしい唇で、そんな言葉を吐いた。
「ああ、何度でも言ってやるさ」
ジュンの番だった。同い年のくせに、どこか大人びていて、でも負けず嫌いな、そんな感じ。・・・ああ。俺の中でジュンの形容が適当すぎる。実は結構どうでもいいんだ。すまん、昨日から謝ってばかりだが許してくれ。
「俺は、姿と付き合いたい。だから、お前には姿から手を引いて欲しい」
・・・ジュン。その話は昨日、バーガーショップで聞いた。そのとき俺はその言葉がまるで信じられずに、ジュンに、落ち着けとだけ言い放って走って家に帰った。
帰って、とりあえずフォローのメールを待っていた。「ごめん冗談^−^」という文章を待っていた。携帯のマナーを切ってずっと待っていた。しかし結局ジュンからもチカちゃんからもメールも電話も来ず、やっと鳴った着信音に携帯を開くと、中学のときの同級生の「DS買った^−^」と言うメールだった。
ともかく。こうやって突然の告白の次の日に、俺と、俺の彼女候補を始業前に屋上に呼び出すということは・・・
まさか本気なのか、ジュン・・・?
チカちゃんは、ジュンの言葉に惜しげもなく眉を寄せた。そんな表情も故事成語のように美しい。
「とても信じられないわね」
「どうして」
「あなた、姿クンのどこが好きなの。何故好きなの。根拠がわからないわ。だからよ。もちろん、私と引き離したいという、目的だけはわかるけれどね」
ちかりと目を光らせる。
「なるほどな、理解はできる。だが、それを言うのは俺の方だな。チカ、お前、匂いだけで人を好きになるって、いい加減すぎるとか思わないのか」
「『いい加減』? よく言うわ。知っている? 私、姿クンに片思い暦一年よ」
堂々と言い放つチカちゃんに俺が驚いた。
「え、ホントそれ。チカちゃん、俺、昨日が初対面だと思っていたけど・・・いつか出逢ったっけ。うわ〜、それ運命みたいで嬉しいな・・・」
「もちろん、私も昨日が初、顔合わせよ」
優しげに俺に微笑むチカちゃん。笑顔が、妙に残酷に思えた。ナンダト。
「じゃあ・・・?」
意味が判らず瞬きしている俺を横目で見て、ジュンが確信したというように目を瞑った。
「一年前の四月・・・だな。俺とチカが付き合いだしたの」
ナナンダト。
俺の頭はますます混乱する。
「じゃあ・・・?」
「入学式の日の帰りだったわね。三年ぶりの再会だったかしら」
再会?
「言っていなかったな姿。俺とチカは従兄妹同士だ」
ナナンダダト。
元来、思考の文字情報が多い俺の脳シナプスは、プスプスいいはじめる。しかしこの話は、聞いておかなければならない。俺は自然と塞ぎそうになる耳朶を、引っ張って伸ばした。意外と伸びて驚いた。・・・無視。
「私たち、まあ普通に遊ぶ程度でそこまで仲がいいとも言えない、でも近所にいるから会わないでもない、って感じの従兄妹だったわ。同じ高校に入学して、私がジュンに惹きつけられるまでは」
ズキリ。済んだこととは判っているが、俺の胸はキュンした。苦しい。この苦しさが、恋してる感じで嬉しかった。病気だな、俺は。
「・・・そうよ。ジュンから、姿クンの匂いがし始めるまでは」
え?
「姿。俺とお前が話し始めたのも、入学初日だったな」
「え、あ、ああ」
「俺は、お前と話をして、その日の放課後、同じ高校に入学したと聞いていた従兄妹と一緒に帰った。家も近いし、単純に懐かしかったから、ってのもある。そしたら、いつも社交辞令みたいな微笑浮かべているだけの彼女が突然、俺に擦り寄ってきてこう言った。『私と付き合って』」
「・・・姿クン、許して。その頃私、知らなかったの。この素敵で淫靡な香りが、ジュンのものじゃなかったなんて」
「ただ単純に、俺に付いていた姿の香りに、チカが惹かれていただけなんて知らなかったよ。とりあえず俺は、チカにオーケーした。とりあえずといっても、いい加減な気持ちはなかった。付き合うのはいいけど、まずは仲良くなっていこう。そんな感じで俺は返事した」
じゃあなんでその話、俺には教えてくれなかったんだ。俺がそう尋ねる前に、ジュンは言った。
「姿、お前に言っていなかった事は謝るよ。でもお前はそのころ彼女作りに奮闘していて俺だけアッサリ彼女出来たなんて言いづらかったんだ。それにその・・・チカは、一応美人だから、ウッカリお前に合わせて、お前が惚れたら困るなと思って・・・悪い。お前とチカが鉢合わせることないようにずっとしてたんだ」
俺は、怒りより先に、ちょっと笑った。実際、俺はチカちゃんと出逢って二秒で恋に落ちたわけだ。俺が、親友の恋人に惚れるという恐ろしいストーリーを踏まないよう、ジュンは気をつけてくれたのだ。それと。
「結構、愛してたんだ。チカちゃんのこと」
「まあな」
口元を歪めてジュンが言った。
「でも次第に、チカの心は俺から離れていった。『今日のジュンは違う』『本当にジュンなの』そんな言葉をチカからよく聞くようになった。おそらくそれは、お前が俺じゃなく、女の子と一緒にいた日とかだろうな。別れの言葉はよく覚えているよ。『ジュン。あなたがいたら、混ざる』。これが、今年の三月。春休みに入ってからだな」
そんな最近に・・・。
俺は何も知らずに、辛かったジュンも知らずにいた自分を責めようとしたが、自分は何も悪くないのだと気付いて安堵した。よかったよかった。
「私、姿クンの話はジュンから聞いていたわ。仲が良くて、よく一緒につるんでいる友達だ、って。だからもしやと思っていた。ジュンの身近な人に、ヒントがあるんじゃないかって。昨日、姿クンに逢って、嗅いで、確信したわ。これが、私の理想の匂い、体臭だ、って」
ところどころの、女子的に不適切な表現には目を瞑ろう。チカちゃんならばそこも可憐だ。
チカちゃんの俺への想いは判った。
チカちゃんは、ジュンから香る俺の匂いに惹かれ、ジュンと付き合っていたが、それに疑問を抱き、結局匂い、もとい、想いの主である俺を、同じクラスになった昨日知った。溢れ出す一年間の想いが、一瞬の告白に詰まっていた。ジュンの話を聞く限り、告白までの時間は俺と同じように短いが、想いの一途さは段違いのようだ。
だが、と俺は思う。
チカちゃんの想いは判った。だが、ジュンの方はどういうつもりなのか。同様に考えていたらしいチカちゃんがその疑問を言い放った。さすがチカちゃんと俺。シンクロシテルぜ。ホッコホコ。
「これで私は全て話したわ。今度はジュンの番ね。どうして姿クンなの。まさか、本気で私に対抗して、なんて姿クンに失礼よ」
「まさか」
ジュンは鼻で笑った。
「俺は、姿と付き合いたい。姿じゃなくちゃいけない。姿以外だったら、お前と付き合おうがどうしようが、どうでもいいさ」
チカちゃんは、目を細めた。
「どうしてそこまで」
「教えてやろう」
ジュンは、挑戦状を叩きつけるように、よく通る声で言った。
「俺の名字は、『須方』。姿の下の名前は、もちろん『姿』。俺は姿に、『スガタ スガタ』になってもらいたいんだ」
バタバタバタ・・・
来たときと同じように、三人の制服のすそが、強い風で盛大にはためいていた。



この後チカちゃんは、納得したと言うような表情を見せ、お互い、真剣勝負よと言い放った。ジュンはそれに、当然のように、当然だと返した。
あなたには負けないわ。
お前にだけは負けない。
お互い、こう言い合った。
どちらが姿の・・・もとい、俺のハートを手に入れるのか。
チカちゃんは、俺に投げキスを贈って屋上を出た。
ジュンは俺に、対女性ならば腰でも砕けそうな微笑みを見せて、教室に帰って行った。
何となく取り残された俺は、一人、肌寒い屋上で始業のチャイムを聞いた。
強い風が俺を巻く。
今後の波乱を、予期しているかのようだった。





第一部終了でーすイェイイェイ!! 嬉しいので騒がしいですけど許してください★
とりあえずこんな感じです。これからは短編で仕上げていきたい感じです。

-2010 08 21 アザナ-




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