穏やかな春。 長袖で運動すると、少々汗ばむようなうららかな午後。 俺は、全速力で、走っていた。 「すがたぁ! 逃げるなよぉ」 中東系イケメンが、涼やかな笑顔を振り乱して俺を追う。 「まってってばぁ、すがたくぅん」 欧風系美少女が、輝くばかりの笑顔で、俺を追う。 「い、いやだああぁぁ」 そして、日本産の平均顔の俺が、大したことのない顔を歪めて走るのだった。 サッカー部のジュン。オーケストラ部のチカちゃん。帰宅部の俺。 その三人の追っかけっこが始まったのは、三日前のことだ。俺を取り合う二人の男女が、帰宅部の俺、前島姿を、自分たちのテリトリーに組み入れるべく、俺が帰宅部と知るや、猛勧誘をかけ始めたのだ。 最初は可愛らしい勧誘だった。 部活動への情熱、楽しさ、ちょっと辛いけどその向こうにある達成感。 二人は俺の気を引こうと、甘い言葉を持てる語彙で熱心に語り始めた。もともと、帰宅部ではあるものの、部活動という学生生活に興味があった俺は、最初のうちは一つ一つに相槌打ちながら熱心に耳を傾けた。 が。 二人の言い争いはそのうち白熱し、目つきが鋭くなり、お互いの罵り合いに発展したところで、俺は身の危険を感じ、帰り支度を整えて颯爽と教室を後にするのだ。 が。 ギラついたイケメンと美女のメジカラと言ったら恐ろしいもので。 「姿クンはどっちをとるの!?」 「姿、シロクロ付けてもらおうか!!」 こんな言葉で俺の背中を追いかける二人がいると思わず帰り道も足早になってしまうわけで・・・。 最終的に、全速力で追いつ追われる三人という構図が生まれるのだった。 「はあっ・・・はあ・・・っ」 普段通らない田んぼの小道に逃げ込んだところで、ようやく二人は、俺の姿を見失ったようだ。俺の姿・・・そう、姿の姿を。 「ああ・・・疲れた・・・」 俺を取り合う、二人のエネルギーは本当にすごいと思う。 昨日の昼休みのことだ。 俺は、「近藤チカ」と「須方純也」に囲まれて、毎日大変という、共通の悩みを持つ友人、サイトウくんと弁当を食べていた。この時、ジュンは部活の昼の練習に行き、チカちゃんもまた、どこかへ行ってしまっていたため、大変静かで居心地の良い穏やかな昼だった。昼の校内放送からは、季節らしく、ヴィヴァルディの「春」が流れていた。(曲名は、俺は知らなかったがサイトウくんが教えてくれた) サイトウくんは、穏やかでいい奴だ。居心地よかった。俺に向かって、大変だねって言ってくれる。それだけで俺は救われた。 俺も悩みを相談し、サイトウくんも、うんうんって話を聞いてくれる。心までポカポカする昼下がり。 まず、女子の黄色い歓声が外と窓際から聞こえた。 なんだ?と思ったが、嫌な予感がして、聞こえないフリをしていた。 サイトウくんは、不思議そうにそちらを見た。 瞬間。 一際大きな歓声が上がり、二秒ほどの間を置いて、俺の前でメシを食っていたサイトウくんが、風を切る音と、派手な鈍い音と共に、ぶっ倒れた。 「どど、どうしたんだサイトウくん、大丈夫か?」 俺は慌てて駆け寄った。サイトウくんは、白目を向いて倒れている。そしてその横にあったものは。 「サッカーボール?」 勢い余って回転している、サッカボ−ルだった。 「すがたァ! 聞こえるか!!」 あくまで爽やかで涼しげな声。それは、窓の外、グラウンドから聞こえていた。ちなみに、ここは3階。 恐る恐る俺は窓に近づく。 「これが俺の気持ちだ!」 どうやら、グラウンドから一蹴りで、ここまでボールを飛ばしたらしい。ちなみに、ここは、3階だ。 「なあ! 分かってくれるか! これが、俺とお前の・・・」 声を張る彼。 その声が言い終わる前、次の出来事が起こった。 爆音。 壊れるんじゃないかという音量で、スピーカーが吠えた。 『ジャジャジャ、ジャーン!!!』 みんなが知ってるフレーズ。確かに元来力強い曲だ。だが、これは、鼓膜が・・・破れそうだ。 『聞こえる! 姿くん!!』 続いて、非常に聞き覚えのある声が、俺の耳で暴れる。 『この曲! 知ってる? まるで私たちみたいよね!!』 可愛い爆音声で、その声は言う。 『これが、私とあなたの・・・!!』 「これが、俺とお前の・・・!!」 外からは、グラウンドの貴公子の声がシンクロする。 『運命よ!!』 「運命だ!!」 ・・・オチは読めていた。 俺は、ゲッソリとしながら、未だ倒れてピクピクしているサイトウくんの介抱に向かった。 「運命、なあ・・・」 とぼとぼと、田んぼ道を歩く。弾む呼吸は収まってきた。 壮絶な昼の事件を思い出しながら、ため息をつく。 ゲコリ。 ちょっと早いカエルの鳴き声が、俺を同情するかのように聞こえた。 「・・・じゃあ、今日は終わりだ。気をつけて帰るように」 帰りのホームルームを終えて、担任が教室を去る。 俺は、帰り支度を整えて、カバンを閉める。 「す〜がた!」 「姿くん!!」 いつもの二人の声。これを聞くと、俺はここ数日、毎日恐怖していた。 「なあ、いい加減決めろよ。サッカー部。ほら、これが入部届け。さっさと書いて、出しに行こうな」 「やめなさいよそんな汗臭いトコ。ねえ、これがオーケストラ部の入部届けよ。姿くんのために、用意してきたんだから。ね。早く私と行きましょう」 こんなやりとりすら、うすら怖かったこともある。だけど、今日は違う。 「悪い、今日から、ちょっと忙しいから」 二人は変な顔をする。 「どこか行くのか?」 「姿くん、放課後は暇なんじゃ・・・」 俺は席をたち、カバンを持った。 「部活だよ」 すっきりとした笑顔を、俺は向けた。 「やあ、前島くん。来てくれたんだね!」 いつも変わらず穏やかな笑顔。思えば、これが運命だったのかもしれない。 「入部届け。持ってきたよ」 「嬉しいな、部員が少なくて少なくて。2年生なんて、僕しかいなかったから。ちょっと待ってて。もうすぐ、部長も来ると思うから・・・」 そこで、派手な音を立ててドアが開いた。見えた姿は忙しない二人組。どうやら、部長ではないようだ。 「ちょっと! アンタどーゆうことよ! 私を差し置いて姿くんたらし込めるなんていい度胸してるわね!」 「今日ばかりは同意するよチカ。お前誰だよ、俺の許可なく姿に近づくなよ」 美形のニラミ程怖いものはない。 いつもの穏やかな微笑みを引きつらせて、サイトウくんは後ずさる。 「やめろよ、二人共」 チカちゃんが悲しそうな顔で俺を振り向く。 ジュンが泣きそうな顔で俺を見る。 「俺が自分で決めたんだ。サイトウくんの責任じゃない。俺は今日から」 俺は、自信を持って二人に言った。 「生物部の部員だ」 ゲコリ。 そんな鳴き声が聞こえた気がした。 サイトウくんが不憫でなりません。姿以上に被害者ですね。 次からは、別の話かな。 -2014 12 14 アザナ- |