気が付けば俺は始業式を終え、帰り支度まで終えていた。
その間、俺にしては珍しく、頭の思考が沈黙していたのだ。これはある意味凄いことかもしれない。
ただ、俺とジュン、チカちゃんの会話を間近で聞く羽目になった「こ」と「す」の間のサイトウ君が、やけに居心地悪そうにしていたことだけが、ずっと頭を回っていた。

帰り道はジュンと二人だった。ジュンは俺がチカちゃんに、あるいはチカちゃんが俺に近づく前に俺を学校から引っ張り出した。事情を知った今、ジュンを恨もうとは思わないが、残念な気持ちは消せなかった。
もちろん、俺たち二人を支配するのは沈黙だった。
お互い、何を話すべきか、何から話すべきか、そもそも話をすべきなのか迷っていた。
ジュンは彼女、近藤チカを元カノだと言った。その話は聞いた事がなかった。ジュンに彼女がいた時期があったってことも。
そういえばジュンは、大抵俺と一緒に帰っていたものだ。つまり、帰り道おててつないで甘い下校、なんてときはあまりなかったってことだ。なんてことだ。晴れて正式に彼女ができた暁の、俺の夢だったのに。間接的に俺の夢を壊したなジュンよ。
さておき。ジュンはチカちゃんの元カレだと告白しておいた上で、俺に彼女は止めろと言った。普段、人の文句とか悪口を言うことのないジュンだ。もしかすると、よっぽとのことがあるのかもしれない。てかあるに違いない。
俺は横目でジュンを見上げる。ジュンは困ったように俺の方から目を逸らしている。
つまり、自分から言うつもりはないあるいは言うかどうか迷っているわけだ。
俺は率直な問いを口にした。直球なのは昔から。
「な、ジュン、彼女と何があったんだよ」
ジュンはちらりとこっちを見る。
「何が、って・・・」
歯切れの悪いジュンの言葉。
「要は、彼女に何か問題があるから俺と付き合うの止めさせようとしているんじゃないのか」
「・・・・・・」
「まさか、お前、本当に見ててムカつくからじゃないんだろ」
「まあ、そうだな。別れたと言っても、彼女には幸せになって欲しい、って気は・・・なくはない」
迷いながら言葉を選ぶ。
「でもそれ以上に、俺はお前に不幸になって欲しくないんだ」
「不幸、って」
俺のことを案じて言ってくれていることは判る。だけど。
「どういうことだよ。彼女が俺を不幸にするって言いたいのか?」
「・・・そうだ」
否定はしない。
「どうして」
「この際、はっきり言ってしまったほうがいいかな。彼女は、普通じゃない」
「・・・は?」
「それから多分、チカは、お前のことが好きなわけじゃない」
「それって・・・?」
「ごきげんよう、お二人さん」
優雅で凛とした声。俺は今の重い会話も忘れてニッコニコしながら振り返った。
「ヤァ、チカちゃん。偶然だね」
彼女はにっこりと微笑む。
「偶然なんかじゃないわ、追いかけてきたもの」
嬉しい言葉。はしゃいだ笑顔。似合う制服。Eカップ。彼女の欠点なんて見つからない。
「ジュン」
彼女が冷めた微笑でジュンを見る。
「・・・なんだよ」
「邪魔よ、どこかへ行って。私は姿クンにしか興味がないの」
・・・ってそんな言い方?
「ちょ、チカちゃん、それめちゃくちゃ嬉しいんだけど言いすぎだよ」
ジュンを慮って言った。しかし顔のニヤケは止められなかった。ごめん友よ。
だがジュンは怒ることもなく、むしろ疲れたように彼女に言った。
「・・・俺がいたら、混ざる、ってか」
「その通りよ」
『混ざる』? 何のこと?
ジュンは呆れたように肩を竦めて、風下に移動した。あれ、目に付かないところに行くわけじゃないのか。
「そこならいいわ」
いいってチカちゃん? 全然どこかへ行ってないよ。え、二人っきりになりたいわけじゃないのか。
不意に、チカちゃんが、出逢ったときと同じような、蕩けるような笑みを見せた。
ふらり。
寄りかかるように俺に接近する。ドキドキ。心臓の高鳴りは止められない。教室と違い、辺りに人影はいない。ん? なんだそこの長身、あっちへ行け。あ、ジュンだ。
「あらかじめ、知っておいた方がいいと思うから言うけど」
チカちゃんは俺の胸元に顔を埋める。
それから僅かに上向いて、顔と俺の間に少し隙間を作る。
次の彼女の行動は、一見だけとても可愛らしかった。
まるで、薔薇の花園の中心にいるおとぎの国の少女のように。
大きく、鼻で息を吸い込んだ。
「彼女は、匂いフェチだ」
ジュンの言葉が、空気の動きと風の流れを受けて、どこか遠くから聞こえてくるようだった。





今回はちょっとだけ静かめ。
変態が好きで申し訳ありません。
一話一話が短いのは結構好きです。
-2010 03 19 アザナ-




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