二年B組の教室は、人が半分ぐらい埋まっていた。
俺やジュンの楽観的な性格から、時間にはルーズと思われがちだが、こう見えて彼女とのデートに遅れて行ったことはない。典型的なA型行動。女の子を一人で待たすなんて男のやることじゃないと考える。とはいえ、デートの経験がそこまであるわけでもないことは事実なのだが。
「かわいーこ。かわいーこいねーかな〜・・・・・・」
俺の目は、早くもズボンを穿いた人間共をフェードアウトさせようとしていた。
「姿・・・。相変わらずだねぇ」
「何。楽しい学園生活に女の影は必須アイテム・・・って違ーう」
「どしたの」
「そうだ。俺は決めたんだった。自分から見ない。止めろ俺。女を見ちゃいけねぇ」
「それはまたなんの宗教?」
「そうじゃない。詳しい詳細は省くが、俺は今年告白の数をゼロにしようと奮闘中だ」
ジュンは目を丸くする。さすが、去年一年間俺を傍で見守っていただけのことはある。
「それはムリなんじゃないかな? ホレっぽい直球の姿が」
「だからこそ俺には目標を立てる必要があったんだ。簡単なことを成し遂げるのに目標は必要ない。そして、不可能に近いことだからこそ、達成したときの喜びと言えば・・・」
「ね。キミが前島姿くん?」
「あ・・・」
唐突に、目の前に俺たち二人の会話に割り込むように立っている女の子がいた。
俺の顔を下から見上げる上目遣い。
ぷるんとした唇。
長いまつげ。
ぱっちりとした大きな瞳。
白い肌。
背中まで届く長い黒髪はゆるやかなウェーブを描き、淡いリボンで彩られている。
そして、すんなりとしたスタイルの割りに、大きくて柔らかそうな胸。Dは余裕で超えている。
超絶な、美少女。
「か、かわい・・・」
「やっぱり・・・そうね」
彼女は、突然俺の胸元に顔をうずめるんじゃないかというぐらい接近した。そして、トロンとした柔らかい微笑みを浮かべた。
俺の心臓はビブラートを奏でる。確実に彼女に聞こえている。
そして心臓のドキドキが、俺の言うこと聞かない脳みそに伝達される。そこから先はいつも決まっている。次に神経が向かう先は去年と何も変わらない。目標なんてすでに意識の底の底。俺の唇は、早くも愛の言葉を囁こうとする。
「キ、キミ。俺はキミのことが・・・」
「私と付き合って」
初めてのことだった。
最初、何を言っているのか判らなかった。
彼女の言葉を、耳が間違って変換しているんじゃないかと思った。
今年一年の俺の目標。
モテたい。
俺より先に、俺を好きになる女の子を探し出す。
その目標は、始業時間前に達成された。



「近藤チカです。今年一年、よろしく」
凛とした声でそう言い放つ。俺は、先ほどの彼女の瞳のようにトロンとした恍惚の表情で、その立ち姿を見つめていた。
チカ。近藤チカ。俺の脳みそは、女の子の名前と誕生日だけは光速でインプットする。そうか。じゃあ呼び方はチカちゃんだな。
先ほどの運命的な告白劇は、無粋な始業チャイムによって俺の返事を待たずに終焉を迎えた。俺も好きだ、付き合ってくれ! それだけでも叫ぼうとしたが。横にいたジュンが実に面白くなさそうに着席を促したのだ。
そのジュンはと言えば、我が最愛の妻チカの席のすぐ二つ後ろでぶすっとした表情をしている。彼女は近藤。ジュンは須方。俺だけ前島で遠く離れた席だった。
通り一遍の自己紹介が終わる。
俺の番のとき、彼女、チカちゃんからの熱い眼差しを受けているのを感じた。心地よい恥ずかしさ。初めてのことだ。
始業式までちょっと時間があるからと担任が言って、俺たちは十分間の休憩を得た。俺は迷うことなく、トイレに向かうこともなく、一直線に「こ」と「す」の席順の傍によった。自分でも抑えられないくらいの小走りだった。
当然のように、「す」の席をスルーして「こ」に向かう。ジュンとの友情を壊す気はないが、今は俺の始まった恋が重要なんだ許せジュン。
「近藤、チカさんって言うんだね」
彼女は俺の接近に、顔をほころばせた。
「チカちゃん、って呼んでいいかな」
「もちろん。あなたのことは、姿でいいかしら」
美しい彼女の声色で呼ばれるファーストネーム。何て甘美な響きなのか。
「いいよ。ね、チカちゃん、さっきの話。俺も、キミのことが・・・」
「あー、あー、ちょっといいか」
俺からの告白の言葉は、またしても横槍を受けた。誰だ。許さん。ジュンか。仕方ない。許そう。
「なんだジュン。俺のラブストーリーに今のところ男は必要ない」
「鼻につくんだ。やめてくれないか」
いつにない、不快気なジュンの表情。そして、人当たりのいいヤツにしては珍しいマイナスの言葉。
「何だお前それ・・・」
「いいわ、ジュン。話を聞いてあげる」
驚いたことに、彼女は席を立って挑戦的な瞳で長身のジュンを真っ向から見上げた。かわいらしい顔で、恐ろしげな笑みを浮かべる。そんな表情も俺のハートにはキュンする。
・・・ってちょっと待て。
彼女の言葉。『ジュン』? いきなり呼び捨て? もしかして、知り合いなのか。
そういえば彼女は、初対面で自己紹介もまだな状況で俺のフルネームを囁いた。『キミが前島姿くん?』忘れられない彼女の第一声。美しい。
話が逸れた。ジュンは彼女の笑みに嫌そうな顔を見せた。そして彼女から目を逸らし、俺を見据えて言った。
「姿。彼女はやめとけ」
「あん?」
珍しい、否定的なジュンの言葉。決まり悪げな表情。
「お前、俺の恋路に邪魔立てする気か」
「こればっかりはな」
「友達なら祝福しろよ。俺の暗い去年一年間を見てきただろう。ようやく俺にも幸せが訪れようとしているんだぞ」
「お前の為を言っているんだ」
「一体なんで」
「・・・・・・」
黙り込むジュン。不意に、彼女が声を上げた。
「ジュン。あなた姿クンには何も教えていないのね」
「・・・ああ」
「判った。じゃあ私から話してあげる。姿クン、私とジュンはね」
「おい、待て」
ジュンが気まずげに彼女を止める。そして、呟いた。
「俺の、元カノだ」
俺の恋はこの瞬間から、甘くてどろどろとしたものになった。





テンション高めの学園ラブストーリー第二段!
気になるところで終わりました。この先どうなるの? 私が一番知りたい!!
ホント毎度毎度実にうるさい物語ですね・・・
-2010 03 18 アザナ-




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