まぶしい太陽の光が、目を焼くのを感じる。 「あ〜っちい」 まだ春だというのに、地面から熱が浮き上がってくるような気がした。昼まで寝ていたのがよくなかったらしい。涼しい朝の内に出かけるべきだとは分かっていたが、どうにも昨日の晩ははしゃぎすぎた。 かたい石造りの地面を踏んで、昨日を思い返すように後ろを振り向いた。手にしていた大きめの金貨と数枚の銀貨、銅貨を軽く振り上げてまた掴む。宿代や酒代を払い終わったにしても随分と残っている。俺はニッと笑ってこの街を後にした。 この街には闘技場があった。 旅なんてしているとそういう街はそこそこ目にするが、俺は闘技場を見つけた時いつもするようにそこにエントリーした。勝負の目的はもちろん、カネと、高揚感。 全力の闘志、遠慮ない攻撃。相手を倒したときの達成感。これは他の何事にも変えられない。そこには愛や温もりはないけれど、俺はそれで満足だった。 思い出すだけで気分が高まる。 ふと・・・、俺は、自分の掌が熱を帯びるのを感じた。 この力が俺を無敗の戦士へと導いてくれる。 魔法。 この才能に気がついたのは割と小さなころだった。 ろくでもない親をもった俺は、いつもいつも飢えていたが、その時から俺は名をとどろかせるほどの魔導師として認識されるようになるまでそう時間はかからなかった。 どうやら俺はこの力と相性がいいらしい。 誰に教えられたわけでもないが、俺はこの力を使うためには"気"が必要なのだと気がついた。今も、歩きながら感じる。"大地の気"。足元から、溢れんばかりのエネルギーを感じる。俺はそれをちょこっと使わせてもらうだけ。その使い方が、人よりうまい。それはごく単純なことだが、誰もが出来るわけではないことだった。 俺は感謝をこめて大地を踏みしめて、ん、と思った。 その、"大地の気"を揺らす、動物の気配を感じた。 俺は少々はしゃぎながらその方向へ向きを変えた。もともと目的地も目標もないから、こういうときに自由に行動できる。 動物は好きだ。 少なくとも、人間よりは。 昔は旅をしながら竜のようなものを飼い連れていたこともあるほどだ。とはいえ、どちらも縛られることを嫌うために、結局離れ離れにはなってしまったのだが。 それにしても、と俺は思う。 先ほどからどうにも"揺れ"がおかしい。 もちろん弱肉強食の動物界で、食べる、食べられるの恐怖や本能などによる"揺れ"はよくあることなのだが。 どうにも、動物の"揺れ"ともう一つ、未知のものへの不安のような、そんな"揺れ"を感じるのだ。 俺は足を速めて目的の場所へと急いだ。樹木の生い茂る深い森への入り口。そんな場所だった。 そこにいたのは・・・ 「なんだお前」 「え?」 なにやら、なよなよした感じの、女みたいな男が、腰を抜かすようにして木の幹に背中を押しつけて座っていた。俺が声をかけると、耳飾りの音すら立てないようにゆっくりと振り返った。 「なんですか、あなたは・・・」 「それ、俺が訊いてんだけど」 「いえ、ちょっと」 はっきり言え、と怒鳴りそうになった。 「動物が、好きではなくて」 「はあ?」 「ほら、あれだよ」 男が指差した先、少し離れた木の根元に、大きな眼をした子ザルがいるのを見つけた。 「サルが・・・どうしたってんだ」 「だから、動物が苦手で」 「だからなんだよ」 「どうしようかなあって」 変な奴だ。 俺はそう認識して、じっくりとそいつを観察することにした。 自己主張のなさそうな薄めのブロンドヘアーを男にしては長めに切りそろえ、淡いブルーの瞳で困ったように穏やかに微笑んでいる。 この暑いのに肌の露出が少なく、全身布にくるまれているような長くてうっとうしそうな服で身を包んでいる。こちらも全体的に淡い色。それにしてもこんな恰好は見たことがない。異国のやつだろうか。俺は訊いてみることにした。 「お前、何してんの」 「そうですね、自分の中の恐怖と折り合いをつけようとしていますね」 「どこから来たんだ」 「城から」 「城?」 そんなもの、こんなところにあったか? 町役場とか、村長の家とか、闘技場最上階とか、そんなものと勘違いしているんじゃないだろうか。俺はそう思った。 「どうやって来たんだ」 「導かれて」 「はあ?」 何だか俺は、こいつが異次元の人間のような気がしてしかたなくなった。 こいつは俺の質問に誠実の答えようとしているんだろう。人のよさそうな、にこにこしたアホ面見てたらそれくらい判る。 しかし、どうにもこうにも先ほどから噛み合っていない気がしてしかたがないのだ。何を言っているのか、理解が追いつかない。おまけに、こいつはその違和感に気付いたそぶりも見せない。会話の認識が、噛み合っているか噛み合っていないかでまず噛み合っていない。そう感じた。 「お前は何者なんだよ」 この質問に、若干嬉しそうにこいつは答えた。 「ナッツ。魔導師です」 俺は、自分の瞳が輝きだすのを感じた。 「魔導師だと」 「はい」 「俺もだ」 「へぇ」 ナッツは、少しだけ意外そうに言った。 「なんだよその反応」 「いえ、あまり魔導師らしくないと思ったので」 「はあ?」 俺はなかなかに心外だった。 「大概、力の強い魔導師ってのはこんな感じだぞ」 「強い?」 ナッツは首をひねる。俺はその反応に軽い怒りを覚えた。 「なんだよ、文句あんのか。俺からしたら、お前こそ弱っちい魔導師に見えるぞ」 俺がそういうと、ナッツは初めて眉をしかめた。 「その言葉、撤回してください。私があなたにどう映っているかは知りませんが、私は私の魔法には誇りを持っている」 「ほお」 俺は不敵に微笑んだ。 「言うねぇ。じゃあ、ここで一丁、俺と試してみないかい。魔法力勝負」 ナッツは目をぱちくりさせてから、再び穏やかな頬笑みを取り戻した。 「遠慮します。魔法は、そんなもののために使うものじゃない」 「はあ?」 俺は、この時何度目かわからない声を漏らした。 「じゃあ、何のために使うんだよ。強い敵を倒す。それ以外にこんな力、使い道あるかよ」 「ええ」 ナッツは、確信をもってゆっくりと答えた。 「世界の、平和のために」 それを聞いた瞬間、俺はこいつと関わったことをひどく後悔した。 「もう、お前めんどくせーよ」 「え?」 意味がわからないという表情でナッツは俺を見る。 「ま、お前強い魔導師なんだろ。なんとかなるよな、サルぐらい。俺はもう行くよ。じゃあな」 「行ってしまうのですか」 「ああ、お前といると、調子狂う」 「そうですか、では、私からも」 「なんだよ」 「さようならを」 にこっ。出会ってから、最高の笑顔をくれた。 俺は踵を返すと、肩をすくめて小さくため息をついた。 どうにも、気分が落ち着く。 こんな時は、大抵魔法の調子が悪くなる。 掌の熱が消え、体温に戻ってしまったのを感じた。 -2011 02 08 アザナ- |