「おやめ下さい!」
「ナッツ様!」
城のバルコニーにいた私は、その切羽詰まった大声と、慌ただしい足音を聞いて、手にしていた分厚い本を閉じた。
夕暮れは怖いほどに赤く、太陽の反対側の空は深い深い深海のような夜が支配しようとしている。私は眼下に広がる大きな街を眺めた。夜でもなお明るいはずのこの都市が、夕靄につつまれてよく見えなくなっている。カラスの鳴き声が、絶え間なく聞こえる。
「ナッツ、様・・・・・・ッ」
バルコニーのガラス張りの扉が勢いよく開かれる。ああ、ガラス割れないかな、大丈夫かなあ。私はのんびりとそんなことを考えた。
「・・・・・・ッ」
入ってきたのは私の侍女が二人。この二人と、もう一人、信頼している爺やがワンセットでいつも私の世話をしてくれている。いつもありがとう。思わずそう言いたくなって、侍女たちの顔を見ると、その驚愕に見開いた目を見て、あ、っと思った。
「ナッツ様・・・、それをこちらにお渡しください」
親の敵のように、または別れた男を偶然街で見かけたときのような表情で、私の持っていた、立派に装飾の施された本を見て言った。
この本―この魔法書には、高位魔導師にだけ使える、協力な魔法について書かれている。
「ナッツ様、まさか、忘れたなんてことはないでしょう。その魔法は・・・」
「もちろん、覚えているさ」
困ったように微笑んで、私は言った。
「この魔法を使った魔導師は、この世界から姿を消す。そうだよね」
ニコッと笑うと、侍女たちは若干怯んだように見えた。
「・・・ええ。ナッツ様、私共は、あなたが幼いころからそう教えて差し上げていたでしょう」
「そうだね。だから私も、この魔法について一瞬だって忘れたことなんてなかったなあ」
「・・・でしたら!」
侍女は声を荒げた。
「早くその忌まわしい本を私共にお渡し下さい!」
「それはできないよ」
「ナッツ様・・・ッ」
「ほらごらん」
広がる、大きな、立派で、高度な文明を誇った、私の生まれた街。美しいがゆえに、儚くも見える、私の愛する故郷。
「私は、この街を守りたい」
「・・・・・・」
「今朝、報告を受けたんだ。どうやら、隣街がついに連絡不能に陥るほどの打撃を受けたって。もう、ここまで来るのは時間の問題だよ」
「・・・・・・でも」
「いいかい。いま、この魔法を使える魔導師は、この国にもそういないだろうし、この街には一人もいないだろう。私がやらなければ、この世界は救えない」
「ナッツ様・・・」
「すでに精霊との契約は済ませたよ。君たちをまいて、時間を稼いでいる間にね。あとは、精霊である彼女を呼び寄せるだけだ」
「・・・・・・」
「この魔法なら、世界を救える。ね、世界を救う魔導師になるなんて、素晴らしいことじゃないかな。私は死ぬかもしれない。でも、私の大好きなこの街を守ることができて、私の大好きな君たちが、ちょっとだけでも私のことを覚えていてくれる。それだけで、私はすごく幸せだし、この人生、よかったなあって思えるよ」
「・・・・・・」
夕日の赤に交じって、炎のような明りが見える。もう、時間がない。
「いろいろありがとう、本当に、感謝しているよ」
「ナッツ様・・・」
「ナッツ様ッッ」
「さようなら」
呟いて、背を向ける。私はゆっくりと魔法書を開き、書かれている精霊語を唱える。
美しい光が満ちた。
翼を持った天界の精霊がふわりと現れた。今まで色々な精霊に出会ってきたが、際立って美しく、神々しい精霊だった。
『あなたがナッツね。契約の印が見えた時から、会えるのを楽しみにしていたわ。大方予想は付いているけれど、望みは?』
耳に心地よい、温かい女性の声だった。私は静かに彼女を見つめて、言った。
「この世界に、平和を」
『いいでしょう。代償は知っているわね?』
「はい」
『おいでなさい』
バルコニーの外側で宙に浮いていた精霊が手招きする。私は迷うことなく、手を伸ばした。温かな腕と、柔らかい翼が、私を包むのを感じる。
『優しい子』
「そうでなければ、魔法は使えません」
『魔法というより、気難しい精霊の相手はできませんというところでしょう』
いたずらっぽく、彼女が笑う。
そんなことは、とか私がフォローしていると、ふと、彼女の声が真剣になった。
『ねぇ、知らないでしょう、教えてあげるわ。あなたは、死なないの』
「え・・・?」
不意を突かれた言葉に、私は面食らった。
『だって、あなたほどの魔導師、死んでしまったら勿体ないもの』
「でも・・・魔法書や言い伝えには・・・」
彼女はクスリと笑った。
『その答えはすぐに判るわ。それよりも、急いでいるんでしょう。あなたを見ていると、そうは見えないけれど』
一度、目を見開いてから、私は頷いた。
『あなたの願い、聞き届けます』
彼女の仕事用の声が聞こえる。
優しい光がまばゆさを増し、私は静かに目を閉じる。やがて暗闇が広がったと思った時には、意識を失っていた。





剣と魔法のファンタジーッッ!! いや〜なかなか楽しいもので、中二に返った気分で書いてます。
現実逃避にはこれが一番だよね!!
え、来週テスト? 知らねっ

-2011 01 29 アザナ-




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